8.幕府の対応次第では、沖縄はアメリカの管理下に!

 幕府が条約締結を拒絶するか、米船舶への港の開放を拒否した場合、ペリー提督は沖縄をアメリカの管理下におこうと考えていました。アメリカ側の要求を日本側に認めさせるための最終的手段として、ペリー提督の方針の中に軍事力の行使が想定されたことが分かります。遠征記は以下のように記しています。

 

ペリー提督の使命と目的
 提督は事故によって日本の海岸に漂着したアメリカ市民の待遇に関して日本政府の釈明を要求し、合衆国政府はもはやかかる行為に耐えることが出来ないと声明し、アメリカの船舶のために少なくとも一あるいはそれ以上の日本の港を開港させることに努力し、もし可能ならば公正にして平等なる基礎に基づいて、日本と条約を協定し、また、一般条約を結べない時は、通商を行うことが出来るような条約を結ぶはずであった。勿論、この点に関しては使命が成功に終わるか否かについて多大の不安があった。そして、提督は、合衆国の当然なすべきことを断固として主張し、祖国の利害にとって望ましいと思われる関係の確立を慎重に主張することで、自分の権限内にあるすべてのことを行おうと決心した。
 提督は日本に適当な釈明と弁明をさせ、今後日本に漂着する外国人に対して親切な待遇をおこなう保証を得て、そして日本の諸港に停泊する捕鯨船を親切に迎え、その必要な物資を供給する保証を得ることは、あまり困難でないだろうと考えた。
 他の一つの目的の成就については、武力に訴えざる限りは、多少疑問であった。けれどもこの武力策は日本政府側が何らかの明白な悪行又は無礼な行いをなすときにのみ正当とされる手段であって、勿論それは予期されないことであった。

沖縄の占領の用意
提督は、アメリカ市民に対する酷い待遇を改めるよう要求するとの自分の使命が容易に達せられると信じたが、それにもかかわらず、いかなる失敗をも防ぐ準備を行った。沖縄(琉球)をアメリカ国旗の管理下におこうと用意していた。もしそれが必要ならば、アメリカ市民に対して行った周知の無礼陵辱への抗議を理由として、このことを行う筈であった。