遣米使節団

アメリカ人が見た日本の使節団

 

 正使新見豊前守はじめ使節代表は、常に物静かで威厳があり、驚きや賞賛といったものを言葉にも表情にも出さない、と当時のアメリカの新聞は報じています。このような立ち振る舞いが、一行を覆っていた東洋の神秘というオーラを一層深めました。しかし表面的な見かけと逆に、一行は、副使の村垣淡路守から随行の下級武士に至るまで多くが日記をつけており、同行したアメリカ軍人は「日本人は常に日記を書き、短い文書、言葉など何でも写しとっていた、まさに蜂のように勉強をしていた」と書き記しているほどです。一行はアメリカで見た様々なものに驚かされ、そしてそれを楽しんだようですが、それら全てを無節操に賞賛することはなく、西洋の科学と技術の成果の一つ一つの最終的な価値を健全な懐疑心をもって判断しようとしていたことが彼らの日記から読みとれます。