遣米使節団

アメリカの本質を理解した日本人

 使節はアメリカの民主的な政治制度や急速に発達しつつあった経済の制度についてはあまり強い関心を示したようには思われません。米議会を訪れた際、江戸城内の荘重な評定と全く対照的に活発な審議振りに驚いた副使の村垣淡路守は、その様子を日本橋の魚河岸のさまに似ていると一行の間で語らったことを日記に記しています。
 また、アメリカの国政選挙について、随員の一人は、アメリカの大統領選出は、まず、政府の4、5名の有力者が候補を選び大統領選挙が行われること、黒人を除き良い性格の人物であれば誰でも大統領に選ばれる資格があること等を記しています。しかし、組織的にこの政治制度を掘り下げて理解し、吸収しようとはしていません。
 幸いだったのは、この政治制度の本質を鋭く理解する能力をもった人物が下級の随行者の中にいたことです。福沢諭吉、勝海舟などです。作家司馬遼太郎氏が著書「明治という国家」の中で、次のように書いています。勝海舟がアメリカから江戸に帰ったとき、老中の一人が勝に質問しました。「勝、わが日の本とかの国とは、いかなるあたりがちがう」と。勝は「左様、わが国とちがい、かの国は、重い職にある人は、そのぶんだけ賢こうございます」と大面当てを言って満座を鼻白ませたと。致命的欠陥をもつ封建制度の日本と若き民主主義の国アメリカの本質を端的に現している場面です。 


 アメリカを訪れる前の一行の多くは、無知と偏見に基づいた西洋人観をもっていたようです。しかし、実際にアメリカを訪れ、多くのアメリカ人と直接に接し、いろいろな文物を自分の目で見てきた一行の多くは、その考えを改めました。随員の一人は次のように記しています。「一行のほとんど全員はこれまで西洋人を憎んでいた、しかし、今西洋人の態度を理解するに至り、そのような考えが変わった。あたかも西洋人が犬や馬のようであるとして彼らを卑しむことは失礼なことであり、大きな間違いである。」