遣米使節団のブロードウェー・パレード

 

1860年1月、日米修好通商条約の批准書交換のため、外国奉行新見正興を正使に80名を超える遣米使節団がアメリカ軍艦ポーハタン号に乗り込み、太平洋を横断します。一行はハワイからサンフランシスコ,パナマを汽車で横切り、再び船でキューバ沖を経てワシントン、ニューヨークを訪問しますが、これらの都市で使節団は大歓迎を受けます。3月28日に使節一行はワシントンでブキャナン大統領と謁見し、5月22日批准書の交換を終えます。ニューヨークではブロードウェイをパレードしますが、群集が鈴なりになってその様子を見つめました。 そのときの様子を見聞した、詩人ウォルト・ホイットマンが、"The Errand-Bearers (使命を帯びた者たち)"との題で書いた詩が、1860年6月27日付の「ニューヨーク・タイムズ」新聞に掲載されています。その詩はのちに構成を変えられ、"A Broadway Pageant"と改題され後世に伝わっています。 西の洋をわたって、ニフォン国より此方へとやってきた、
礼儀ただしい、頬の浅黒い、二刀差しの使節たち。幌をおろしたバルーシュ型馬車にふんぞりかえり、無帽なまま、厳粛に 今日、マンハッタンの往来を乗りすぎる。 《自由〔リベルタード〕》よ! わが目にとらえているものを、他の人も目にしているか、 それはわからないけれど、ニフォン国の諸侯らの行列をお供する使者たちが、あるいは しんがりを引率し、上側から、周りからまとわりつき、隊伍を編成つつ、行進してゆく。 けど何にしろ、私は私の目にするものを歌うんだ、《自由〔リベルタード〕》よ。