米国の医療費は、日本に比べて非常に高額です。その中でも、マンハッタン区の医療費は同区外の2倍から3倍ともいわれており、一般の初診料は150ドルから300ドル、専門医を受診すると200ドルから500ドル、入院した場合は室料だけで1日約2千ドルから3千ドル程度の請求を受けます。一日の入院室料だけで、ニューヨーク圏中間給与所得者の一ヶ月分の月給(税込み)またはそれ以上に相当する訳です。処置・手術では急性虫垂炎で入院・手術(1日入院)を受けた場合は、1万ドル以上が請求されていますし、歯科治療では、歯一本の治療につき約千ドルと言われています。これには下記に説明する二重構造の問題があります。
米国人が加入している管理型医療保険制度の下では、医療機関と保険会社との間で契約が交わされており、疾患毎に定められた規定治療費用(定額)が保険会社より医療機関側に支払われます。実際の急性虫垂炎・腹腔鏡下手術例(合併症なし、入院2日間)でみてみましょう。医療機関側からの請求総額は1万3千ドルでした。管理型医療保険制度に加入している患者については、保険会社から医療機関への支払いは、約4千5百ドル(請求額の3割)であり、患者本人の自己負担は数十ドル程度でした。非保険加入者(すなわち日本人旅行者等)は医療機関に対して全額の1万3千ドルを支払わざるをえません。一方、この管理型医療保険に加入していない(保険料が高くて加入できない)米国人も少なくありません。彼らは支払うことができないため、この費用は医療機関側の負担となっています。医療機関側からすれば、その分まで、お金は取れるところから取るという姿勢のようです。
医療費の請求書は、医師、検査所、病院等より別々に送られてくることが多く、忘れた頃に届くことも稀ではありません。
また、請求額や請求明細が誤っていることもしばしばみられますので、支払い前には十分な確認が必要です。これに備えておくには、治療内容は勿論のこと、関与した全医師の氏名、診察時間等を記録に残しておくことが肝要です。
医療費の支払いを怠ると、これが取り立て専門の会社に移されたりすると、種々のトラブルに巻き込まれることにもなります。請求に疑問があるとき、また、請求額が高額すぎて支払えないと思われる時には、医療機関に設置してある医療相談室(Social Service, Medicaid Office)に相談した方がいいでしょう。
最初の診療で何か異常が疑われた場合、直ちに更により分化した専門医に紹介されたり、また高度な(かつ高価な)精密検査が指示される傾向があります。専門医制度が定着しており、また医療過誤訴訟が日常化している現状では、必然的というべきでしょうか。結果として医療費はますます高額になります。その一方では、保険会社が被保険者の受診できる医師・専門医を限定し、また検査や手術施行等の診療行為そのものまでに制限を加えており、医師の裁量権のみならず"患者の医療を受ける権利"が侵害されていることも大きな問題となってきています。
看護に関しても、日本とは大きく異なります。患者に対する作業は細分化されており、寝具の交換や食事の配膳のみならず血圧や体温測定、点滴の管理などはそれぞれの看護助士が行っています。看護婦(士)の役割は、これら看護助手の仕事を監督し、定期的に患者の容態を監視することです。ニューヨーク市でも、日本語で意志疎通ができる看護婦(士)が勤務している病院はほぼ皆無と言えます。
また、日本に比較して入院期間が極端に短く制限されています。入院・退院の適応が日本とは異なっており、また入院費用が高額なこともその理由です。このため診断途中や回復以前に退院となることもあります。退院後数日で再入院と言う例も希ではありません。
このような高額医療費に対しては、十分な補償額の海外旅行保険等に加入して備えておく必要があるでしょう。医療費や言葉(意志疎通)の面から、また退院後の身の回りの世話のことを考えあわせれば、日本に帰国して診療を受けることも一つの選択です。医療費だけを考えても、航空運賃を負担したとしても帰国した方が経済的負担はかなり少なくすみます。勿論、帰国できるかどうかは病状が緊急性を要しない場合であり、その判断は医師に任せるべきです。