概要:
(1)渋沢田鶴子氏 高齢者と「うつ」
-
日常語の「うつ」とは気分の落ち込みのことを 言う。日常生活の中で落ち込まない人はいない。しかし、落ち込みが続き、気分だけでなく、思考面、身体面にも変調が見られる場合は「うつ」状態、あるいは「うつ」病の可能性がある。「うつ」病とは何か? 「うつ」病は性格が弱いからなるものでもないし、がんばりが足りないからなるものでもない。状況によって、誰でもが「うつ」病にかかる可能性がある。
「うつ」病には以下の症状がある
(1)睡眠障害(寝付き、早期覚醒、疲れているのに眠れない、
(2)身体症状(身体がだるい、頭が働かない、食欲がない、便秘、頭痛、肩こり、身体の痛み)、
(3)気分、感情の障害(気分がゆううつ、悲しい、不安、滅入る、あせる)、
(4)意欲の低下(物事におっくうになる、朝起きたくない、興味や関心がなくなる、喜びを感じない)、
(5)思考、判断力の障害(考えが進まない、決心が出来ない、集中力がない、自分が駄目な人間だと思ってしまう)、
(6)行動の障害(行動が限られる、出かけなくなる、動作が鈍くなる、身の回りの事が出来ない)。
「うつ」状態が悪化すると、生きていることに希望を失い、自殺念慮を経験する人もいます。日本は高齢者の自殺が高い。自殺者の3人に1人は60歳以上。米国でも女性の高齢者では中国系と日系の自殺率が高い。
-
高齢になるにつれて「うつ」になりやすくなる。高齢者がうつになりやすいには次の理由が考えられる。
(1)喪失が多くなる(配偶者、友人、ペット、仕事)、
(2)活躍の場が狭まり、社会的地位がなくなる、
(3)収入がなくなる、
(4)身体が不自由になる。
また、病気が「うつ」を引き起こす事もあれば、また、薬が「うつ」状況を引き起こす事もある。内服薬の副作用については調べておく必要がある。「うつ的」になると免疫が落ちるため身体的病気の回復も遅くなる。さらに家庭内ストレス、社会的風潮(不況、戦争、テロ)、社会支援の少なさ、も原因になる。「うつ」かなと思ったら、早期に人に相談、援助を求める事が必要。自分を責めない事。「うつ」を風邪のように普通の病気として考える事が必要。
上記の症状が2週間続けば「うつ」の可能性がある。「うつ尺度」を参考にすることも出来る。周囲に「うつ」状態の人がいる場合重要な事は、普通に接すること、気のせいだからとせめない、がんばりなさいと言わない、本人が希望する手伝いをしてあげる事、あせらせない、あせらない、本人のせいにしない、外からの援助を求める、精神科医(抗うつ剤あり)に受診、などが重要。
-
予防法:否定的に物事を考えない。運動も重要。日常生活のリズムを守る。孤立しない、人に接する。自分の楽しみを大事にする。ストレス発散方法をみつける。「うつ」はカウンセラーや、精神科にかかれば必ずよくなる。もちろん、時間がかかったり、回復に波がある事もあるが必ずよくなる。高齢だから仕方がないという事は間違い。「うつ」状態の人の4人に1人しか受診していない実態がある。未だに精神科、精神病に対する偏見が強いという状況が背景にある。誰でもが「うつ」になる可能性があり、気負わずに受診する事が重要。
(2)吾妻壮医師
-
うつと身体の病気
「うつ」とは、気分のあり方の事。「不安」「楽しい」と同様な、気分のあり方の一種である。うつ病はそれだけではなく他の症状も同時に呈している状態である。うつ気分がなくてうつ病の場合もまれにある。何も楽しくない、何も興味がない、何も感じない、という訴えがあれば、うつ気分がなくてもうつ病と診断される事もある。うつ気分や睡眠障害、食欲の障害、疲労感、自殺念慮・企図、罪悪感などを同時に呈している状態を「うつ状態」と言う。「うつ状態」を呈する病気の代表がいわゆるうつ病、「大うつ病、Major Depressive Disorder」。他に身体の病気で「うつ状態」になる事もある。体の病気が先にある事がある。診断は、面接によって、症状を細かく聴取して下される。血液などの検査が必要になることもある。他の身体病の有無を確認する事が必要。特に、甲状腺の疾患(機能低下の3−4割がうつ状態になる)、心臓疾患(心筋梗塞後2割程度)、脳・神経系の疾患(脳卒中、脳梗塞、パーキンソン病では3割程度)、悪性腫瘍(最初にうつ状態から発見される病気として膵臓癌などもある)に注意する。アルコール摂取によりうつ状態になっている事も多い(慢性アルコール摂取者の3割)。アルコール摂取者は薬の処方がしにくい。アルコールを中断してから再評価する。アルコールは他に、不安障害や記憶の障害にも関係。また医師の処方薬の副作用としてうつ状態になることもある。薬を飲み始めて調子が悪くなった場合には、まずかかりつけ医に確かめる事が必要。さらに、心理的ストレス、環境の変化がないか等に注意。他の精神科疾患の存在にも注意する。例、躁鬱病など。
- 認知症について
認知機能とは記憶、見当識、知覚などの機能のこと。認知障害は認知症より大きな概念。手術後の一過性の見当識障害は、認知症ではなく、譫妄の場合が多い。認知症との違いは経過の違いである。認知症は進行性の経過をたどる障害である。アルツハイマー病が認知症の代表だが、他のタイプの認知症としてピック病、脳神経系疾患によるものなどがある。アルツハイマー病における最初の症状は記憶の障害。昔の記憶は比較的保たれる。少し前の記憶が障害される。今朝の食事を忘れている。会話中に同じ事を繰り返す。若年者でもよくある「電話番号なんだっけ」、というのとは違う変化が起こっているという可能性を考慮する必要がある。
(3)森真佐子氏
最初にストレス度チェック(精神健康調査票)を全員に施行してもらった。高いストレススコアが出た場合には、対処法を考える必要がある。長引く場合には、専門家に早めに相談が必要。心と体は相関しており、ストレスを貯めると様々な身体の不調が起こったり病気にもなりやすい。
ストレスがかかった時のサイン。症状は4タイプ。気分的症状(いらいら、落ち込み等)、身体的症状(疲れやすい、頭痛等)、思考的症状(否定的、悲観的、判断力の低下等)、行動的症状(活動レベルや生産性の低下等)を定期的にチェックする事が大切。思考と感情と行動は、トライアングルの関係で繋がっている。例えばだめだという思考があると落ち込むという感情が起こりやすく行動も引きこもりがちになる。
マネージメントの方法として、考え、物の見方を変えると気持ちも変わる方法。気分を変える方法。行動を変える方法。以上の3種類がある(Beck, J. 1997, Cognitive Therapy参照)。物事を肯定的に見る。気持ちを大きく持つように心がける。否定的・悲観的になっていないかチェックする。自動的思考の偏りに注意する。自分自身に寛容になる。完璧主義になっていないかに注意する。「・・すべき、・・ねばならない」という考えはストレスが貯まりやすい。「まあいいか、こんなもんか」と思えるように切り替える。
行動面の予防法としては、日々の生活を楽しめるようにする。気分転換、リラックス出来る事をたくさん見つけ、毎日の生活に取り入れる。運動して身体を動かす、趣味を楽しむ、誰かの役に立てるボランティア活動など特に効果的。新しい出会いを大切にする。恋愛をするのも効果的。感情を変える方法もある。自分の中にあるネガティブな感情や考えを溜め込まない。信頼できる人に気持ちを聞いてもらう。サポートを得る事が一番良い。話すことにより客観的になれる、問題解決法が見えてくる事もある。文章にする事も良い。リラクセーション法として、呼吸法、瞑想法、ヨガなどが多種ある。いろいろ試して自分に合った方法を取り入れる。腹式呼吸法は簡単なので実践してみてほしい。
他、五感を使い気持ちを落ち着かせる方法がある。見る、聞く、匂う、味合う、触れる。例えばきれいなお花をみる。美しい音楽を聴く。アロマ、入浴剤を楽しむ。ハーブティを味合う。マッサージを受けるなど多々あり(Linehan, M 1993, Skills Training manual for Borderline Personality Disorder参照)。これらのようなマネージメントをいろいろとやってみてもうまく良くならず、2−3週間以上続く場合には、早めに専門家に相談する事が重要である。