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ヘルスウィークにおける「日米メンタルヘルス事情・パネル講演会」

2008年6月25日

1.日時:5月20日17時30分〜20時00分
2.講師:重村淳医師、吾妻壮医師、松木史先生
3.概要

外国・異文化に暮らすのは何かとストレスが溜まりやすいものです。ましてニューヨークのような大都市でうまく適応していくことは容易ではなく、さまざまな問題・悩みを抱えておられる方も少なくありません。アメリカでは、これらのような日常的な心の悩み・問題がある場合、比較的気軽にサイコセラピーやカウンセリングが利用されています。日本でも近年メンタルヘルスや心理療法への関心が高まってきています。

このパネル講演会では、日本、アメリカで活躍中のメンタルヘルス専門家の3名の先生方をお招きし、日米のメンタルヘルス・カウンセリング事情についてお話していただきました。

講演1 日本におけるメンタルヘルス事情:新たな国民病としてのうつ病?

講師:重村淳医師(防衛医科大学校 精神科学講座)

日米問わず、心の病気は社会の偏見、抵抗の対象となってきた歴史があります。例えば、20年前の日本では、メンタルヘルスがメディアで積極的に取り上げられることはまずありませんでした。しかし、最近の日本では新聞、雑誌、テレビなどのメディアにおいて、うつ病が取り上げられない日はない状態です。すなわち、現在の日本において、うつ病は最も注目されている病気の一つなのです。

この変化には、日本に住む人の多くが心の健康への不安を持っているという切実な問題があります。読売新聞は、2007年12月25日朝刊で、心の健康調査に関する全国世論調査を1面トップの紙面に掲載しました。これによると、対象者のうち、うつ病などで心の健康を損なう不安を感じたことがある人は3人に1人で、30・40歳代においては40%にも達していました。また、2007年6月25日のNHKスペシャルでは「30代の”うつ”〜会社で何が起きているのか」という特集番組が組まれました。この番組では、働き盛りの会社員にうつ病が急増し、長期休業につながるケースが多いことから、企業の現場はその対応に追われていることが鮮明にレポートされていました。

この問題を考える上で、日本における自殺者の増加をも考える必要があります。日本においては、1998年以降、自殺者が毎年3万人を超えた状態が続いています。この割合は、他の先進国と比べても著しく高いものです。自殺者の大半にうつ病が関係していることが知られているため、国家レベルにおいてうつ病対策が進められています。「心の問題は個人の問題だけではない」との思想のもと、労働安全衛生法の改正などが行なわれ、過重労働への防止対策も取られてきました。しかし、自殺者は未だに高止まりしたままです。

日本において、うつ病と自殺の問題がここまで深刻となった背景には、様々な仮説が唱えられています。まずは、職場環境の著しい変化です。日本で伝統的に培われてきた終身雇用制度はバブル経済崩壊後に破綻し、グローバリゼーションの渦中で個人主義・成果主義が主流となりつつあります。情報技術の進化により仕事の量・密度が増加する一方、対人的コミュニケーションが減少し、結果として過重労働が著しくなってきています。また、医療経済的な理由としては、製薬会社の積極的な広報活動や、精神科・心療内科の診療所が急増したことによりメンタルヘルスへの潜在的な需要が掘り起こされ、心の病気への抵抗が薄らいできた側面もあります。さらに、日本が豊かな国となり、ストレスからの回復力が特に若い世代を中心に弱くなったのでは、という指摘も出ています。

うつ病は決して珍しい病気ではありません。アメリカの調査(1994年)では、過去にうつ病を経験した人は全体の17%、日本(2003年)では6.5%でした。両者の数字に開きはありますが、調査方法の違いもあり、単純には比較出来ません。うつ病の発症にはストレスが関与しており、そのメカニズムとして脳内の化学物質のアンバランス、脳細胞の変化などが考えられているものの、まだ十分には解明されていません。しかし、病気であることから、「気の持ちよう」だけで解決するものでもありません。うつ病という名前が示唆する通り、症状として憂うつな気分はありますが、それ以外にも気力や意欲がなくなったり、疲れやすかったり、不眠(特に朝早く目が覚める)、食欲低下などの不調が週・月・年単位で続きます。治療としては、薬が大切ですが、それと同じくらいに環境を調整してストレスを減らすこと、病気について本人や周囲の人々が学ぶことも大切です。また、悲観的な気分のもとに大きな決断をして後で後悔しないために、治療中には大きな決断は控えることも重要です。

日本において、うつ病などメンタルヘルスの相談をしたい場合、窓口は病院・診療所(クリニック)などの医療機関が主流です。アメリカでは資格職のpsychologistやcounselorについては、日本では同等の国家資格がありません。学術団体が認定する資格(臨床心理士)がありますが、医療保険の対象となっていないために、医師の指示のもと、保険診療の枠内で臨床心理士が相談にあたります。また、臨床心理士が開業するクリニックの一部は自費診療となっています。

医療機関の診療科目のうちメンタルヘルスを扱いうるのは精神科(psychiatry)・神経科(neurology)・心療内科ですが、「精神科」という言葉に抵抗を感じる人が少なくないため、診療所では「心療内科・神経科・精神科」と抵抗の少ない順に標榜している場合が多いです。最近では、「メンタルヘルス科」と名乗る施設も出てきました。精神科はメンタルヘルスを専門に、うつ病から統合失調症(schizophrenia)、てんかん(epilepsy)、摂食障害(eating disorder)、認知症(dementia)など幅広く扱う科目ですが、名称への抵抗が大きな問題となります。神経科は、脳出血や脳梗塞などの脳血管障害、パーキンソン病など、脳神経に関わる内科が主体で、基本的にメンタルヘルスの訓練は受けていません。心療内科は日本独特の診療科目で、実のところ、該当する英語訳はありません。心の悩みが関係する体の病気、具体的には過敏性腸症候群(irritable bowel syndrome)、胃潰瘍、アトピー性皮膚炎などが対象となりますが、内科主体の訓練を受けてきた医師が多いため、メンタル面のフォローは臨床心理士に任せることが多いです。しかし、3つの診療科目が掲げられていると、利用者にとっては非常に分かりづらい状態となっています。

以上をまとめますと、日本において心の問題は深刻な社会問題となっていて、社会のメンタルヘルスへの抵抗も薄れてきています。一方で、いざ専門家に相談したい場合、診療科目が乱立するなど、利用者側からすると混乱しがちなのが現状です。そのため、日本で専門家に相談する際には多方面から情報を入手し、正確な知識を取得した上で利用することが望ましいです。

講演2 アメリカの精神医療システム

講師:吾妻壮医師(在ニューヨーク日本国総領事館顧問医 精神科)

アメリカのメンタルヘルス事情について、まず三つの観点から話したい。一つ目は、どこで治療を受けるのか。二つ目は、誰に治療を受けるのか。三つ目は、どんな治療を受けるのか、である。

治療を受ける場所として、主に、救急室(ER)、外来、入院、一般科病棟(内科や外科などの病棟)がある。救急室は、いつどこの救急室に行ってもメンタルヘルスの専門家に診てもらえるという利点がある。しかし、待ち時間が非常に長く、治療というよりも簡単な診断と応急処置が主であるという欠点がある。緊急事態以外は、通常外来ということになる。予約制が一般的で、電話をして初診の予約を取り、治療が始まる。入院は、自殺を考えていたり、自分で自分のことができなくなっているなどの場合に必要となる。内科や外科の治療で入院している時に精神症状を呈した場合は、コンサルテーション・リエゾンという精神科のサービスを受けることになる。

治療者の種類として、精神科医、サイコロジスト、ソーシャルワーカー、その他に、メンタルヘルスカウンセラー、アートセラピスト、サイコアナリスト、作業療法士などがある。精神科医は医師であり、薬を使った治療が可能である。治療には、主に薬による治療と、サイコセラピー(精神療法、心理療法、カウンセリング、精神分析など)がある。

様々な種類のサイコセラピーがあるが、アメリカでは、精神分析的精神療法、認知行動療法などが一般的である。メンタルヘルスの専門家の扱う問題は多岐にわたり、抑うつ気分、不安、不眠、パニック・アタック、PTSD、摂食障害、自傷行為、幻聴、妄想、ADHD、不登校、自閉症及び関連疾患、性格の問題、仕事の問題、家族・カップルの問題、内科的に説明できない痛みなどの身体症状、などが挙げられる。訴えに応じて、適切な治療の場所を選ぶことが大切である。予約まで待てないほど辛い症状がある場合は救急室に行くことが必要になる場合が多い。

講演3 日米カウンセリングセンターの経験

講師:松木史先生(日米カウンセリングセンター)

  日米カウンセリングセンターでの長年のカウンセラーとしての経験をもとに、サイコセラピーとは何かについて、ニューヨークでの生活への実際の適応問題を例にあげ、お話しします。

日米カウンセリングセンターでの経験

  1. ニューヨークに住むことによっておこる適応障害の例
    (1) 言葉の障害・・・幼児化現象がおこる。怒り、焦燥、無力感。
    −日本人グループの重要性・・・年齢相応の会話、安心感、悩みの共有、日系人会の役割。
    −誰かの助けになる・・・無力感の解消、感謝される気持ちよさ。
    (2) アイデンティティーの問題・・・自分は日本人であるという意識が強まる。帰属できる場所を求める。
    (3) 差別感・・・日本人だから冷たく対応されている、差別されていると感じる。実際の差別体験。

  2. 日米カウンセリングセンター
    (1)成り立ち
    −1982年10月ニューヨーク州から基金が出る。
    −中国人精神科医が各コミュニティに働きかける。
    −アメリカ社会に詳しい日系人の2世、3世、そして日本人の牧師さんが中心になって土台つくりをする。
    −各分野で活躍する日本人が、メンタルヘルスの重要性を広める。
    −約110年間移民をサポートしてきた非営利団体、ハミルトン・マディソンハウスの中のメンタルへルス専門部門として1983年に設立され る。
    (2)とりまく状況
    −設立当初から資金難・・・ハミルトン・マディソン ハウス内のカンボジア、ベトナム、中国人たちが作り上げる運営資金に助けられてきた。
    −コミュニティ・アウトリーチの重要性・・・911の時には、プロジェクトリバティの一員として活動、ワークショップや講演会の開催など。
    −今日まで運営を続けてこられたのは、非営利団体であるハミルトン・マディソンハウスの理解、アジア人、日系人、日本人の協力という、皆様 のおかげで成り立っている。
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  4. クライアントの言葉紹介
    • −セラピストに自分が受け入れられていると感じてから、変わりました。
    • −カウンセリングの場を利用して、私は成長してきたのだと思います。
    • −もやもやしている事を言葉にして話すのは、生理的に気持ちがよい。
    • −私の場合、薬の力は40%、セラピーの力は60%です。
    • −こうして話せる場所を持てるから、私は生きてこられました。
    • −セラピーがきくというのは、問題に対する姿勢や考え方が変わること。  痛み止めの薬のききかたとは違います。
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