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ヘルスウィークにおける「海外邦人メンタルヘルスコミュニティ間のネットワーク構築」

2008年6月30日

  1. 日時:5月23日15時30分〜18時00分
  2. 主催:多文化間精神医学会在留邦人支援委員会
  3. 概要

海外邦人コミュニティ間の連携と後方支援

講師:
鈴木満(岩手医科大学精神神経科学講座 准教授・多文化間精神医学会在留邦人支援委員会 代表)

海外在留邦人100万人、邦人渡航者年間1,700万人という時代を迎え、海外で心を病む邦人事例が顕在化している。メンタルヘルスの問題は文化との関係が深く、その介入には母国語および母国文化の理解が必須である。しかし、海外で邦人メンタルヘルス専門家と出会うことは難しく、治療導入が遅れて症状が重くなりやすい。心の危機のために在外公館で保護される邦人事例の発生は後を絶たず、また在留先で処遇困難化あるいは困窮化する事例も多く発生している。こういった問題は1980年代より海外留学中の邦人精神科医などにより提起されるようになり、母国語・母国文化を共有できる相互支援の場として邦人コミュニティ内でのメンタルヘルスケア活動の重要性が徐々に理解されてきた。以下に1990年前後から世界各地の邦人コミュニティで始動したメンタルヘルス活動の実例をいくつか示す。

パリでは太田博昭医師による「定住型サービス」が現在まで約20年間続いている。これはパリのサンタンヌ病院と太田医師との信頼関係に基づく精神科緊急介入システムである。パリは欧州のハブ空港であり、邦人旅行者事例が多い。太田医師は長年にわたりこの地で私費を投じて活動してきたが、数年前より外務省顧問医という立場で邦人支援を行っている。定住型サービスには後継者問題が必発である。

バンクーバーは多文化都市であり、行政のメンタルヘルスに対する取り組みも多文化的感性に溢れている。留学中であった野田文隆医師が始めたバンクーバー総合病院での日本語外来サービスは、同医師帰国後に日本からの「出前型サービス」に形を変えた。野田医師もまた長年にわたり年数回の出前を続けているが、パリと同じく後継者問題を抱えている。

ロンドンにはメンタルヘルス関連の日本人留学医師・心理士が数多く滞在しており、筆者もその一人であった。立見泰彦医務官と留学医師を中心として1992年に構築された邦人専門家ネットワークは、中核メンバーの相次ぐ帰国により数年後に自然消滅した。ロンドン在留邦人の多くは駐在員とその家族、各種留学生である。こういった入れ替わりの激しい邦人社会におけるネットワーク再構築のための仕組み作りが求められている。

このように、海外の邦人コミュニティには地域特性があり、欧州とアジアには北米南米のような数世代にわたる日系人社会はなく、コミュニティ基盤は脆弱である。というものの、老後を海外で過ごすいわゆるロングステイ邦人や国際結婚邦人は欧州アジアにも確実に増えている。従って、各コミュニティにおけるメンタル支援は共通項を持ちながらも多様なものとならざるをえない。最大の共通課題は「継続性」であり、継続性を共に考えていくために必要なのは4つの「連携」、すなわち、コミュニティ内連携、コミュニティ間連携、在留先メンタルヘルス資源との連携、日本国内メンタルヘルス資源との連携である。  

今回のパネル討論では、北米におけるコミュニティ間連携について議論を深めることができた。6月にバンコクで開催するアジア会議ではバンコク、ジャカルタ、シンガポール3都市間のコミュニティ連携について協議する予定である。同じく11月にロンドンで予定されている欧州会議では、欧州邦人コミュニティ間の連携を進める。いずれの会合も多文化間精神医学会の学術活動の一環であり、この他にも学会ホームページにおける情報共有など、さらなるコミュニティ間連携の支援計画がある。ニューヨーク邦人専門家ネットワーク継続のためにもお役に立てればと考えている次第である。

フィラデルフィアにおける邦人コミュニティ内連携

講師:
鈴木貴子(クリニカルサイコロジスト)
フィラデルフィアの在留邦人現状:
在留邦人口:
日本人会:約300人
日本語補習校:約300人
フィラデルフィア市内:約1200人
その他:不明 
在留邦人の特徴:
駐在、学生、研究、永住、国際結婚
在留邦人へのメンタルヘルス支援機関:
グレーターフィラデルフィア日本人会
メンタルヘルスホットライン:
邦人保護:
日本語の話せるクリニカル・サイコロジスト:2人
日本語の話せる精神科医:1人(中国/日本人)
日本文化を理解できる精神科医:1人(日本人妻)
紹介元:
グレーターフィラデルフィア日本人会
日本語補習校
現地校
大学のカウンセリングセンター
オンライン・ウェブサイト:
日本語で受けられる海外メンタルヘルス相談機関: 
 Group With http://www.geocities.jp/groupwith/kaigai.htm
Association of Asian American Psychologist
企業:インターナショナルSOS
口伝:
相談内容:
異文化不適応:不安/うつ的気分
「こんなはずじゃなかった」
「本当は来たくなかったのに…」
国際結婚に関する相談:
既存症:
「アメリカに行けば治るだろう」
登校拒否
薬物依存:
摂食障害:
虐待:
教育相談:
親子・世代間のコンフリクト
メンタルヘルス支援機関活用とその提携・継続促進への課題:
治療期間へのアクセスの向上:
日本語の話せる専門家養成:
メンタルヘルス費用の援助:
メンタルヘルスへの理解の促進:
現地校との提携:
現地の医療関係との提携:
ディレクトリーの作成:
専門家間のサポートグループ:
日本のメンタルヘルス専門家との連携:

ワシントンDCにおける在留邦人のためのメンタルヘルス・サービス:事例介入から大規模災害対策まで

講師:
重村淳(防衛医科大学校 精神科学講座)

ワシントンD.C.(Washington, District of Columbia:以下DC)は、首都機能上、50州に属さない特別行政地域である。政治の中枢という都市の性質ゆえに、2001年の同時多発テロ、炭疽菌テロの被害を受け、それ以降もテロの脅威は続いている。DCは、周辺のバージニア州北部、メリーランド州南部を含めて、人口約350万人の大都市圏を形成しているが、そのうち、在留届を提出している在留邦人は1万人未満で、ニューヨークと比べると、極めて小さな日本人コミュニティである。ニューヨークは日本語を話せるメンタルヘルス専門家が日本以外で最も充実している地域であるが、DC地域において日本語可能なメンタルヘルスの専門家は希少である。そのため、メンタルヘルスのサポートを要する日本人・日系人の事例が発生した場合、発見は遅れ、対応は後手に回りがちである。事例化した頃には帰国や入院など、人生上の大きな選択を迫られるまでに重症化している場合が少なくない。

DCにおいて日本人・日系人コミュニティをサポートする互助団体は数少ないが、そのうち、非営利のNPO団体、ジャパニーズ・アメリカンズ・ケアファンド(Japanese Americans’ Care Fund; www.jacarefund.org) は、1999年の設立以降、介護、法律、通訳、メンタルヘルスなど、生活上の支援をボランティア・ベースで展開してきた。さらに、2004年には、筆者をはじめとした日本語可能なメンタルヘルス専門家たちが専門家同士のボランティア・ネットワーク、DC Japanese Mental Health Network (DCJMHN)を発足させた。DCJMHNはケアファンドの後援を得ており、ケアファンドが相談を受けたメンタルヘルス事例はDCJMHNを経由した上で、専門家やボランティアの上、速やかに問題を解決するためのシステムを整えている。現地の医療機関、日本人関連機関、さらにはニューヨークなど他都市の日本人機関との連携を図っているほか、セミナーなどを通じてコミュニティへの啓発活動を随時行なっている。

しかしながら、DCJMHNは難題を抱えている。ボランティア・ベースでの活動であり、現地での専門家免許を持たない者も加わっているため、その活動にはおのずと限界が生じる。また、人材の流出入が激しい中、活動に関われるメンバーを常時確保していきながらネットワークを継続していくこと自体が大きな課題である。

DCにおける喫緊の課題としては、テロなど大規模災害の脅威が続いている中、日本人コミュニティへのサポート態勢をどう整備していくかである。過去の研究では、災害弱者に属する人々として、高齢者、子供、障害者、そして人種的マイノリティが挙げられている。すなわち、災害が発生した場合、在留邦人は災害弱者となる。バイオテロリズムや新型インフルエンザなど、今後、大規模災害の脅威は増えることはあっても減ることはない。そのため、日本人コミュニティのメンタルヘルス・サポート態勢の継続、そして更なる整備が求められている。

ニューヨークにおける在留邦人のためのメンタルヘルスサービス

講師:
ニューヨーク教育相談室 森真佐子・バーンズ静子

NY周辺には在留邦人だけで約6万人いると言われている。在留目的は多様で、日系企業駐在、留学・研究、芸術活動、日本人向け産業、旅行等がある。従ってMH(メンタルヘルス)のニーズも多様である。NY周辺の邦人MHケアの特徴として邦人専門家が多いことがまずあげられる。但しサイコロジストやソーシャルワーカーは多いが精神科医は少ない。邦人向けの医療・教育機関、非営利団体等も複数存在しており、それらを通して患者の紹介が可能となっている。但し外来レベルでの治療は問題ないが、精神科医が少ないことから投薬・入院治療が必要な場合対処しにくい。

MHケアには「言語」と「文化」が重要である 。そのため以前から邦人MH専門家の非公式なネットワークは存在していた。1995年から約4年間、当時の総領事館顧問医を中心に約十数名の専門家が定期的な会合や日頃の連携を行っていた。しかし関係者の帰国等により自然消滅した。その後9・11事件が起こり、NY周辺在住の邦人ケアの為に総領事館医務班・邦人援護班、国連代表部の連携で邦人MH専門家リストが作成された。約20名ほどの専門家が各自ボランティアベースで、日系の団体や教育機関、総領事館等と連携し「心のケア」活動を行った。総領事館に設置された「心のケア」ホットライン・サービス、心のケアに関する講演会、日本語の資料作成・配布等があった。それぞれの専門家・機関が持つ連携体制が活用されこれらの活動が行われた。これらの連携機関には在NY総領事館、日本国内政府機関、ローカルの日系医療・教育機関、現地及び日本国内のMH専門職、アメリカの公的・民間機関が含まれた。

現在のNY邦人メンタルヘルスネットワークは2007年2月に発足した。現地ライセンス保持者24名(精神科医2名、サイコロジスト7名、ソーシャルワーカー11名、MHカウンセラー4名)他5名で構成されている(日系の参加団体数は8)。専門性も多様で、HIV、異文化適応、精神疾患全般、発達障害、心理・教育診断査定、子育て、夫婦・家族療法、キャリア・カウンセリング、家庭内暴力、精神分析、薬物・アルコール問題、企業コンサルテーション等がある。活動としては、アップデートされたリストを維持し、総領事館、JAMSNET等と連携し緊急時に備えること、年2回の会合やEメールを通してのメンバー同士の日常的連携、また他地域のMHネットワークとの連携がある。各団体・個人が持つ連携機関(医療・教育機関、現地支援機関、日本での機関)を把握しお互いに共有できるよう心がけている。

今後の課題は、ネットワーク内の連携の維持、他地域のネットワークとの連携強化、日本帰国者の医療・MH機関紹介システムの充実、入院治療の場合の対策強化等がある。今後のネットワークの継続性は難題である。人の変化や時間的制約からして、このようなボランティアベースのネットワーク自体に継続性が持てるのかに疑問が起こる。これについては、NYの過去の失敗を踏まえても、総領事館の関わりが決めてであると実感している。実際に活動を行うのは現地の専門職でも総領事館の支援があると動きやすい。それには総領事館が関わることでネットワークの信頼性が向上することの役割が大きい。総領事館の恒久性も重要で、人材の流出入が多い中、総領事館が元締めとなることで継続性が保ちやすい。MH専門職は通常個人又は小規模な機関でそれぞれ臨床活動をしているが、総領事館内での定期的な会合に出席し医務班・邦人援護班スタッフと日常的に連携することで日本政府に支援されているというサポート感が得られることも大きい。また日系コミュニティーに貢献しているという意識が強まり、更にやる気が高まりやすいと言える。過去二度の失敗を踏まえても、邦人MHネットワーク継続には日本政府、総領事館の関わりが決めてであることをNYから世界各地へ提言したい。

NYにおける事例。総領事館の邦人援護、顧問医としての経験

講師:
吾妻壮医師(在ニューヨーク日本国総領事館顧問医 精神科)

NY総領事館が日本人コミュニティーのメンタルヘルスに関わる方法として、主に二つ考えられる。第一に、メンタルヘルスネットワークの支援を介して、すなわち、メンタルヘルスネットワークへの場所の提供、連絡・情報のやり取りの支援、広報活動における支援、ネットワークの信頼性の向上、総領事館の恒久性を生かした支援、などを通してである。第二に、精神障害の邦人援護が挙げられる。精神疾患は、旅行中・短期滞在中などに急に発症することがある。また、一部の精神疾患においては、本人の病識がなく、患者が自らメンタルヘルスの専門家に助けを求めないことがある。そして、特に入院することになった場合、言葉の壁・医療システムの違いなどの理由で、著しい困難を来たす場合が多い。したがって、個人に任せるのみならず、領事館による公的な介入が必要になる。2007年にNY総領事館が関与した邦人援護事例は529件であったが、そのうち、61件が精神障害に関連するものであった。精神障害の邦人援護事例の特徴として、旅行者が多い、精神科既往歴を持つ者が多い、入院治療を必要とするものが多い、などが挙げられる。今後も、帰国後の治療機関との連携を強化するなどして、精神障害の邦人援護をより充実させていく必要がある。

 

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