- (1)松木史先生「日米カウンセリングセンターの経験」
911はセラピストがクライアントと共に被害者だったということに特徴がある。しかもNY市自体もいわば被害者であった。クライアントがかかえる問題はNY一般市民の抱える問題と共通していた。しかし日本人はマイノリティであることにより違った側面があった。米国人が国旗の下にまとまればまとまるほど、日本人は孤立感を深めた。ハミルトン・マディソン・ハウスの2階から見たこともないような大きな米国旗が下げられた。事件前、我々は日本人というよりもNYの一般市民という意識で生活していたが、事件後、我々は外国人、日本人なんだという疎外感を感じた。米国がアフガン戦争に向かうにつれ、日本人は戦争に反対したいが、米国の中でとても発言できる雰囲気ではなかった。その思いをカウンセリングの中ではき出すという状態であった。戦争に賛同する米国人の夫、恋人と日本人のパートナーとの関係が悪化した例も少なくなかった。
直接・間接の被害に遭った人は、事件と関係していない方と接触することにより、再度傷つくということがあった。事件と関係しなかった人は、恐らく思いやりの気持ちから、被害に遭った人に、事件について触れないようにしていたが、それが被害に遭った人には冷たいと感じられてしまうことがあった。休暇で帰国したクライアントの場合でも、日本の友達から何も事件については触れられなかったという寂しい思いが残ったケースがあった。わかってほしい、聞いて欲しいという気持ちが強くあった。セラピストはクライアントと共に涙を流し、話を聞き続けた。これが我々の仕事であった。急性のケースは通常3ヶ月程度で回復した。しかし元々問題を抱えていた患者は、事件後に悪化したケースもある。恐怖から、地下鉄に乗れない、恐怖により施設に来られないといったケースもあり、その場合は電話でカウンセリングを行った。多くの団体からの補助金により1名増員し、アウトリーチ出来る余裕ができた。赤十字からの資料を下にPTSDに関する資料を日本語に訳して、学校、メディア等に送った。自分はFEMA(米国連邦緊急事態管理庁)などで危機介入のトレーニングを受け、クライシスカウンセラーの米国資格をとった。日米カウンセリングセンターはFEMA等が運営するプロジェクト・リバティ(NY州、NY市が実施したメンタルヘルス支援プログラム)の受け皿になったため、重傷な患者も多く来るようになった。総領事館や日系の団体(日本人会やJASSI)などと連携をとって活動するようにした。
大事件が起きた場合に必要なのは資金であり、人員である。
自分自身の反省点としては、事件発生時にテロと認識したにもかかわらず、後で考えればおそらく自分自身はパニック状態であったが頭は妙に冷静であり、カウンセラーという職業にしがみつき、事件後に当センターにやって来た患者を2人診たことが挙げられる。今思えば、その直後厳しい交通管制が行われたことを考慮すれば、診ずに直ぐに帰すべきであったかもしれないと考えている。自分を含め誰でもあのような事態の中でパニックになるのは避けられない。大事件が起きた時は、本能に従って自分の命を守ることを優先して行動すべきである。まず身を守り、その後自分が出来ることを始めていくことが必要である。日頃から健康に留意すること。交通管制が行われた事態にスニーカーが役に立ったことも付け加えたい。
第1の危機が終了した後、感じた疎外感は、日本人の集団に入ることにより解決できる例も多かった。日系人会には多くの人が集まったと聞いている。無力感への解決方法としてはボランティア活動をすること。何かをすることにより自信を取り戻していくのが良い。言葉の問題もあり日本人には機会が限られるが、日野紀子さんが後にNPO団体(NYdeVolunteer)を立ち上げたのはすばらしい試みであった。日本人のボランティア体制を考える必要もある。プロジェクト・リバティから学んだが、クライアントを座して待つのではなく、人の集まる場所に出かけていき、話しかけるという方法が有効である。話しかける、話を聞くことが、たいへん重要である。
また精神的な問題に気づく前に体の異常を自覚する人も多いので、医師や指圧・針灸士といった医療者との協力体制も必要である。
最近OEM(緊急事態管理室)からハリケーンについて説明を受けた。温暖化の影響でハリケーンは今後必ずN’Yに上陸すると予想されており、カテゴリー別に分かれた対応方法が検討されている。ハリケーンはテロと異なり事前準備が可能である。まずは水・食料、肉体的支援が必要である。大規模災害に備えて事前に一般へのボランティアのネットワークの組織作りをすると良いのではないか。阪神大震災でのボランティアはフリーターが主体であった。こうしたボランティアのためのメンタルヘルス対策も考えると良い。
- (2)森真佐子氏「同時多発テロ時における子供と保護者を対象にしたメンタルヘルス・アウトリーチ」
ニューヨーク日本人教育審議会・教育相談室が行った、911時における子供と保護者を対象にしたメンタルヘルスケア・アウトリーチについて説明する。同時多発テロ事件が日本人コミュニティに与えたインパクトはたいへん大きく、教育相談室が行ったテロ3ヶ月後の調査によれば、12%の子供に臨床的に注意が必要とされるPTSDの症状が見られた。子供の心のケアに関するニーズとしては、主に、被害を受けた子供・保護者への直接的な心のケア、子供の心のケアに関する情報の提供(危機時におけるノーマルな反応、心配な症状の見分け方、不安がっている子どもへの対応法など)、被害を受けた方へのサポート方法に関する情報の提供、リファーラル情報の提供があった。これらの情報を日本語で、迅速に無料で提供することが求められた。
教育相談室と総領事館が協力し、さらに文部省などの日本の政府機関、日本国内の専門職、現地の専門職、また日系の教育施設、とも連携をするという体制で行った。さらに現地の専門職、日系の教育機関を通して米国の公的機関とも間接的に連携を行った。
実際のアウトリーチとしては、被害・影響を受けた子供と保護者への有料カウンセリング、無料の電話ホットライン・サービス、現地校・補習校の教職員への子供の対応方法についての無料コンサルテーション、また子供の心のケアに関して保護者を対象に無料講演会、教職員を対象としたワークショップなども学校に出向いて行った。
現地の日本人のメンタルヘルス専門職の方や総領事館とのコラボレーションで、子供の心のケアに関する情報パンフレットを作成した(事件後数日以内)。また日本の専門職が日本語によるウェブサイトを開設した。
パンフレットの数は3000部、講演会には1000人以上の参加者があった。アウトリーチとしては比較的成功したと考える。
効果的なアウトリーチの方法についてであるが、日本人コミュニティの特性として、人口が一ヶ所に集中していない、コミュニティセンターがないという事実がある。比較的人口が集中しているのは学校であり、既存の連絡網を使いアウトリーチした。保護者向けの講演会も学校で行うことが有効であった。独身家庭、子供のいない家庭へのアウトリーチとしては日系商店の店頭を利用して情報提供を行った。
アウトリーチにおいては、受け手に情報を受け取る意志(Willingness)があるか、提供する情報のターゲットを絞ること、オピニオンリーダーの役割の3点が重要と言われている。教育相談室のアウトリーチを振り返ると、受け手にまず意志があった。ターゲットを子供に絞ったこともよかった。ホットラインを受けての経験では、子供の相談ということが実は自分自身の相談というケースもよくあった。文部科学省、総領事館、補習校、日本人学校という場所が情報源であったことから教育相談室への信頼性が高まり、受け入れられやすかったという面もあった。
今後に向けて考慮すべき点として、心のケアに関するStigmaの問題がある。従って、「子供の心のケアの支援」とした方が利用しやすいのではないか。その場所で同時に大人のケアに関する情報も提供すると良い(特に企業で行うワークショップ等)。他機関、例えば米国の機関やメンタルヘルス以外の団体などとの連携も大切であり、また素人のボランティアに対して専門家が平時からトレーニングしておくことも重要と考える(ボランティア・サービスを行う時の受け手の心のケアに関する留意点、またボランティア自身の心のケアについても含め)。
- (3)松尾領事「総領事館の対応」
-
(イ)メンタルヘルス面での支援という観点からは、事件発生直後に、日本から派遣された医務官による被災者への個別訪問を行ったり、PTSDに関する講演会等を開催・支援したりした。
また、事件後数日経ってからは、PTSDの発症に備え、民間団体と連絡を密にして協力しながら、支援体制を構築した。
-
9月17日には、医務官室に「心のケアホットライン」を設置し、事件による不安から体に変調を来たしたり、不眠を訴えたりする在留邦人からの電話相談に応じた。ボランティアの医師10名の協力を得て、交代で常時2名に待機してもらった。この時に、現在ある医療関係者のネットワークの基礎ができたと理解している。
ホットラインに寄せられた相談の内容としては、現場を見たことによる不眠、トラウマ、ストレス、会社へ行けない、恐怖感などがあった。電話相談の結果、重症と判断された場合には、早めに専門家を紹介するようにした。
ホットライン開設のほか、各種団体によるグループカウンセリングに当館の場所を提供したり、精神的ストレスへの対処方法に関する講演会の情報を広く在留邦人に提供したりした。
事件直後の混乱を過ぎると、次には、情報不足への不安や家族を失ったことによる現実的な不安(今後の生活、保証金の受給可否等)に関する訴えも寄せられるようになった。
(ロ)当館と民間団体との協力体制について、当時、ニューヨーク市が設置した「家族支援センター」に日本人のボランティアが約80名登録してくれており、当館の活動に医療面、法的支援等で多大なご協力をいただき、大変ありがたかった。
(ハ)911を受けて新たにとられた措置として、2006年9月に「全米・カナダ邦人安否確認システム」を導入した。これは、非常事態発生時に特定の電話番号にメッセージを残すことで、家族や知人の安否を確認できるシステムである。
また、医療関係者とのネットワークの重要性が見直され、常日頃から関係者と連絡を密にすることで、非常時に誰にどのような協力をお願いできるのか情報を得るようにしている。
さらに、緊急時に在留邦人に対してメールで一斉に情報提供ができるよう、約2万人の方に登録していただいている。
(ニ)当時の記録を見ると、何を信じてよいか判断が難しい時期に総領事館から情報が発信されたことにより、国に守ってもらえているという安心感があった、という在留邦人からの感想も残されている。特にメンタルヘルスについては、領事館という公的機関が支援に乗り出すことで、精神的な変調を感じていた在留邦人に対し、それが異常なことではないのだというメッセージにもなったようである。
当時ご協力いただいた方々の記録には、本日出席されている皆様や、その先輩に当たる方のお名前もある。この場を借りて改めて御礼を申し上げたい。
- (4)重村淳医師からのコメント
日本では自衛隊の医者に対する教育を行っている。2003年から2005年まで米国軍の医科大学(Uniformed Services University)でトラウマティックストレスについて勉強した。ワシントンDCでは日本人メンタルヘルス専門家のネットワークの立ち上げに参加した。発表のあった3人の方についてコメントする。
松木先生の話の中で、日本人は人種的にマイノリティグループで、コミュニティがないのでアウトリーチが難しいという話があった。マイノリティグループは災害弱者であると言われており、海外では日本人こそ災害弱者である。医療者、行政職員などの救援者も災害弱者に属するといえる。マイノリティ故の疎外感を感じうる一方でコミュニティを持つことによる安心感を持ちえる。よって、災害時のケアにあたる場合は災害弱者が誰なのかを意識することが重要である。ボランティアが直ぐに動いて連帯感を提供するのも意義がある。しかしボランティアは専門職ではないので、やりすぎてしまったり、病んでしまうことがある。ボランティアの教育を平時に行う、スーパーバイズする立場の人が歯止めをかけることが重要である。
森先生の発表では、本日のテーマ、アウトリーチについてよく纏めておられた。いろんな団体、日本、アメリカの団体が連携しリファーラルを行うことが重要である。日本人コミュニティの特性についてもよくまとめられていた。テロ以外、ハリケーン等の他の災害時の場合にも、ケアの基本的なフォーマットは同じであり、応用が利くと考える。
発信する情報の信頼性を高めることが重要。政府、教育専門家、メンタルヘルス専門家といった信頼性のある者がものを言うことが重要。
-
被災者用パンフレットの作成については、災害時に新たに作る作業は大変である。日本でも学会レベルで作っている。日頃からスタンダードなフォーマットで作っておくことが重要。
松尾氏の発表についても、初期段階でのコンタクトを外務省職員がしなければならないというのはたいへん困難であったと想像する。情報提供はメンタルヘルスのみならず金銭面、諸々の手続きなどのサポートも重要である。政府が動いていることへの安心感というのも重要である。
-
アウトリーチをどうするかであるが、平時からの準備が必要。複数の職種間の連携、教育が重要。ハイリスクな集団、災害弱者を含めたアウトリーチを考慮。適切な情報提供をしかるべき専門職が行うことが必要である。
ワシントンでの日本人に対するリサーチを行っているが、テロへの恐怖は、マイノリティの方が高いことが知られている。女性が男性より6倍恐怖を感じるというデータも出ている。性別も考慮する必要があるのかもしれない。