第4回 メンタルヘルスネットワーク会議概要:「高齢者の心理療法」
2009年1月16日
- 日時:2008年12月4日(木)午後5時〜7時
- 場所:総領事館19階大会議室
- 参加者人数:22名
- 会議進行:
- 吾妻壮(メンタルヘルスネットワーク代表 当館精神科顧問)
- 森真佐子(メンタルヘルスネットワーク副代表 NY教育相談室)
冒頭挨拶
沼田首席領事から、昨今の経済事情からメンタルヘルスに関わる事案が増加する懸念が示され、本会議の意義につき説明があった。吾妻医師から、NYにおける高齢者の問題が増加しつつあり、本日の議題に対する重要性が述べられた。
初参加者自己紹介
初参加者5名から自己紹介があった。
「高齢者の心理療法」をテーマに、ニューヨーク大学准教授 渋沢田鶴子氏が米国の状況について、在ニューヨーク総領事館、吉田常孝医務官が日本の状況について下記の講演を行った。
高齢者の心理療法、米国の状況(渋沢田鶴子氏)
- Asian Pacific Fund作成のビデオ、「Healing the Spirit: Treatment of Depression Among the Asian Elderly」を上映。同ビデオはうつ病の身体的・感情的兆候を説明し、また恥、遠慮、我慢といった日系に特有とされる文化的態度がうつ病の発見や介入を遅らせる危険性のあることを指摘したものであった。
- 高齢者とうつ病の関係、アジア系高齢者とうつ病の相関、さらにアジア系高齢者女性が特に高い自殺率を示していることについて説明があった。これらの問題に対する介入、特に日系高齢者を援助する場合の課題が指摘された。その課題とは、問題定義をする場合に日系の高齢者は何が問題かなかなか言えない問題。また、問題を設定することが出来ても遠慮や気兼ねからなかなか解決行動につながらない問題。感情の話をすることに抵抗が強く、黙って愚痴を聞いてもらえるだけでよいという考えが強く、問題解決より対人関係を求める傾向の高いことなどが挙げられた。また、援助者側の態度としては、自身の被援助者に対する感情や思いに気づくことで、被援助者との関係を冷静に理解することができ、そのことがお互いの人間関係をより促進し、援助が奏効するという考えを持つことが重要であると指摘された。
- 高齢社会に伴い、以前はより早期の発達段階の問題と考えられていた問題(drugやDVの問題など)が高齢者の間にも見られるようになってきている現状、その中で高齢者医療・サービスの提供者の絶対的不足の問題が指摘された。もはや、どのようなサービスにおいても高齢者を対象にせざるを得なくなっているということが示唆された。
高齢者の心理療法、日本の状況(吉田常孝医務官)
- 1、超高齢社会、2、老年期の特性、3、老年期の精神障害の特徴、4、自殺問題、5、認知症という項目に沿って発表があった。
- 一口に老人と言っても、世代によって呈する問題が異なること(60代と70代の高齢者に見られる違いについて。団塊の世代が高齢者と呼ばれる世代となり、経済的にも社会的にも影響力が大きい)老人特有の問題はもちろんのこと、今まで高齢者においてはあまり問題としてこなかった、高齢者の“未熟性”に触れなくてはならない事態がおきつつある。コミュニティの再構築が急務であること。
- 高齢者は身体的にも精神的にも、活動性が低下する傾向にあり、その特性に応じたメンタルヘルス上の問題がある。代表的なものは、うつ病、せん妄、認知症である。
- 自殺の問題については、若年者の自殺や働き盛りの年代の自殺は社会的にとりあげられる機会が多いが、自殺者の中核を占めるのは高齢者である。特にリスクが高いのは、無職、男性、多重債務者に多い。うつ病(もしくはうつ状態)を背景とした問題として捉えられがちだが、経済状況との相関が高く、自殺を減らす最も効果的な方法は経済を好転させることであるとの指摘がある。高齢者に限らず、孤独であることが自殺の誘引となるので、やはりコミュニティの再構築は重要である。
- 認知症は今後、超高齢社会を迎える日本において、最も重要なメンタルヘルス上の問題となる。認知症の患者に対する心理療法や家族に対する心理教育が治療上有効であると考える。今後、さらなる心理療法の技術開発が急がれる。
- 最後に、成功している認知症の老人施設の等の紹介があった。
- ァ. K病院:
- バリデーションという手法を取り入れている。認知症患者の人格を重視し、家族歴、生活歴を踏まえた接し方を心がけている。旧来型の回廊型病棟がかえって落ち着けなさを増長しているとして、廊下に休める場所を設定した。また、お風呂を大浴場でなく個浴にし、パーキンソン病の人が歩きやすいように廊下に目安を記すなどの配慮されている。
- イ. オーストラリアのダイバージョナル(気晴らし)・セラピー:
- ここでも上記と同様に生育歴が詳しく聴かれ、患者の生活歴に応じた、きめ細かい介護計画が立てられている。患者4,5人単位にスタッフが付く、ユニットケア方式が採用されている。スタッフはポイント制のボランティアでまかなわれている。
- ゥ. 関西医科大学 栞の会:
- 関西医科大学病院精神神経科物忘れ外来の患者と介護者家族の会が紹介された。
- 講演の内容を受けて、木村医師(東京海上記念診療所)よりアメリカ・ミネソタにあるnursing homeの紹介:
- 認知症の患者のみ集めている施設。
- 患者が部屋を間違えないよう、各患者の部屋の扉に患者にとって思い出深い私物をdisplayしている。また「世話をする」機会をあたえるためのペット・セラピー、患者にとって馴染みのある音楽を使ったミュージックセラピーが行われている。また会員制の、アメリカの先進的なホームと考えられるAging Alternativeの説明があった。
発表に関する意見交換
以下のような意見・問題点が指摘された。
- 近年、在米邦人永住組に見られる、日本に残してきた高齢の親をめぐる問題
- 在米邦人に見られる日本を過剰に美化する傾向の問題
- 経済的な問題
- 自殺の原因は「うつ」だけではないということ
- アルツハイマー病の中等度認知症の人で、身寄りのない人の援助の大変さ。NYの高齢者はカップルでいるか、シングルの人が多く、コミュニティから孤立していることが多い。
- ニューヨークの高齢者の事情として、グリーンカードを持っていても市民権のない人が多いことが挙げられる。日本に帰ろうかどうしようかと悩む人が多い。悩む人はそのような事情をもっている。
また、下記のような質問・応答があった。
Q.日本の方が老人に対する尊敬、老人を受け止める地域性がまだあるのでは?
A.(吉田)無償のサービスなど、経済的な面では日本の方が手厚く援助を受けられる可能性があるが、それ以外の点ではそうでない。
Q.日本生まれの日系老人の増大、うつ、自殺率が増加しているということ。予防のための、文化や言葉の問題、それに対して話を聴くことが大切ということは理解ができたが、そのような場をどのように作って行けばよいのか?NY市のシステムで何か使えるとことがあるのか?
A.(渋沢)市の高齢局は予算を削減されること、さらに、特に日本人は人数が少ないので難しい。日本人のための施設がないのが現状。
(坂上:NY市保健精神衛生局)日系社会が小さいという問題がある。現在のところ、日本人高齢者を専門に受け入れているのはイザベラという施設のみである。そして、日本食を出してくれる施設はいまだにない。今後、何人集まれば日本食を出してくれるのかなど、交渉していくことが大切。日系人会等に来ている人は元気な人であり、本当に心配な人はそういう場に出てこない人。そういう人たちに、どのようなリーチアウトしていくかが課題である。メキシコではソーシャルワーカーが大活躍しているらしい。そういう人の活躍の場を確保していくこと。また、質をきっちり維持していく必要がある。入所者の生まれ育った文化や地域性に合わせた高齢者施設の教育、例えばアジア系高齢者への文化的特徴を踏まえたケアの必要性、アジア系と一口に言ってもその中の相違も存在するなど、邦人メンタルヘルス専門家の立場から考えていくべき点がある。
会議終了後、領事待合室に移動し懇親会が行われた。